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善き事をした小学生・中学生達
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小学生・中学生「いい話」News
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 廃校を前に花をプレゼント (長崎県 鴨居瀬小学校 斉藤好太君ほか)
 平和公園碑巡りの外国人をガイド (広島県 広島学院中学校、高校 清水大君、大庭秀雄君他)
 手作りの原爆創作劇を上演 (広島県 翠町中学校 島崎すみれさん他)
 原爆被害者の会に千羽鶴を贈る (宮崎県 秋山小学校 生徒のみなさん)
 休校の小学校が托した希少種スズカケソウ咲く (徳島県 皆瀬小学校 児童のみなさん)
 韓国舞踊と障害者アート題材にし、巨大壁画で人権訴え (京都府 四条中学校 北川浩司君ほか)
 障害者との交流を創作劇で発表 (京都府 神川中学校 儀賀大介君ほか)
 級友の夢を叶えたい。手作り作品で資金集め (三重県 在良小学校 つくし教室)
 平和を願い、爆心地公園で平和劇 (長崎県 大浦中学校)
 夏の風物詩、アサガオで暑中見舞い (京都府 山城中学校)
長崎県 鴨居瀬小学校 斉藤好太君ほか
yoki_kou_image01 長崎県立鴨居瀬小学校で、2年前から始められた“花いっぱい運動”。児童数の減少などから、来年3月末で廃校になることが決定した今年は、大きなテーマを持って全員で取り組むことにした。テーマは「きれいな町 元気な町 自慢できる町」。
 児童らの「廃校しても心の中に自分たちの学校を残したい」という願いをこめて、“花いっぱい運動”を計画したのが5月下旬から。52鉢のプランターに10種類の種をまき着々と準備を進めてきた。
 またこの“花いっぱい運動”以外にも、町の人たちと一緒に、町の空き缶を拾う清掃活動もし、思い出作りを行ってきた。
 できるだけ多くの人に鑑賞してもらうため、学校近くの道路脇にずらりとプランターを並べ、「花を大切に」と訴える10枚の看板も、老人会や保護者と力を合わせて手作りした。
 そんなかいあって、9月には色とりどりの花が開花。9月4日には、丹精こめて育てたこの花を地域住民にプレゼントすることもできた。
 運動に参加した6年生の斉藤好太君は「花を育てるのはけっこう苦労しました。でも地域の人たちと触れあえて楽しかったです」。鴨居瀬地区連絡協議会長、平山馨さん(65)は「学校がなくなるのは、本当に寂しいことです。廃校した後も、子どもらとの触れ合いは続けていきたいですね」と語った。
 さらに10月には、学校統合で来春から机を並べることになる、北部小学校の友達に送る花の種もまいた。こちらも今から芽が出るのを児童らは楽しみに待っている。
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広島県 広島学院中学校、高校 清水大君、大庭秀雄君他
「あなたは核や戦争についてどう思うか?」今日も広島学院中学・高校のボランティアグループは、交換留学や観光で広島を訪れている外国人達に尋ねてまわる。
 平和公園碑巡りの外国人をガイドするボランティアは、3年ほど前から始められた。現在は先輩達から後を継いだ10人が、昨年の春から活動している。
 この日の待ち合わせ場所は、原爆資料館前。そこに中学3年生の清水大君や高校1年生の大庭秀雄君ら4人が集まった。「FreePark Tours(無料公園ツアー)」と書かれた手作り段ボールの看板を掲げて、そばで記念撮影していた10人の外国人グループに声を掛けた。そして「平和の鐘」「平和の灯」など公園内5カ所を順序よく案内していった。
 案内しながら彼らは、さりげなく「核についてどう思うか」と質問する。すると交換留学で来日している若者からは「核が戦争を抑止する従来の思想は核保有の連鎖につながる。困難かもしれないが、少しずつでも各兵器はなくさないといけない」という返答が。
 時には「日本は核を落とされて当たり前」や「戦争を防ぐために、核兵器は絶対に不可欠」「自分の国が攻撃されたら、それ以上に報復することが当然」など、国民性や考え方の違いにショックを受けるような答えもあるという。
 それでも大庭君はへこたれない。「世界中の人たちの意見を聞いてみたい。この活動を始めてから平和への思いがますます強くなった」と話す。また、平和関連集会にも顔をだしている清水君は「広島だけが頑張っても意味がない。絶対に戦争を無くすためにも、ここであった出来事を大勢の人に伝え説得する必要がある」と力をこめて語る。
 もともと英会話の上達のために始められたボランティア活動。いまではそれぞれが平和への使命感を持って活動している。
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広島県 翠町中学校 島崎すみれさん他
 広島市南区にある翠町中学校演劇部では、この学校の前身である第三国民学校の慰霊祭に合わせ、毎年夏の時期に平和劇を発表している。今年も8月4日に、原爆をテーマにした創作劇「一瞬の夢 あの日あの場所であった事」が上演された。
 劇の内容は原爆投下直前の広島市に中学生がタイムスリップするという、生徒手作りのオリジナルストーリー。今までも創作劇は上演していたが、生徒たちだけで全てを担当する試みは今回が初めて。
 出来るだけ忠実に当時の様子を再現出来るよう、準備は4月から始められ、脚本作りには特に時間をかけて行われた。当時の生活や被爆の状況が書かれた資料を図書館で集めて研究し、6月には大まかなストーリーを書き上げ、放課後に練習を重ねていった。
 開演当日は部員16名が参加。出演者はみな、もんぺ姿などの衣装を着て、戦時中の中学生に扮した。劇中では現代からタイムスリップした主人公の戸惑い、建物疎開作業の様子や被爆の苦しみなどを、約40分間にわたり力を合わせて演じた。
 この劇を一目見ようと大勢が体育館に集まり、なかには涙を流しながら鑑賞していた人の姿も。「作品自体をもう少し、深く掘り下げて再現すればよかった」(担当教諭)など反省点も数カ所あったそうだが、「多くの方に見てもらえたことはとてもよかった」と部員たちは満足げ。部長の3年島崎すみれさんは、「今の中学生の視点で、原爆の悲劇や友情の大切さを自分たちの力で表現できた」と感想を述べた。演劇部員たちにとって、確かな手応えを感じた夏であった。
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宮崎県 秋山小学校 生徒のみなさん
yoki_kou_image01「そろそろ千羽鶴の季節だなあ」という生徒たちからの声が始まりとなって、秋山小学校では今年も、長崎市の山里小学校へ贈る千羽鶴が折られた。この山里小学校は長崎原爆投下地点にほど近く、1580人の児童のうち約1300人が第2次大戦の犠牲になった学校である。
 千羽鶴を贈るようになったのはおよそ20年前。原爆被害者の良久次夫(らくつぎお)さんの「平和についてみんなで真剣に考えてほしい」というメッセージがきっかけだった。
 その当時は、秋山小学校以外にもたくさんの学校がこの運動に賛同し参加していたが、今では近くの串間小学校などを合わせてわずか数校を残すのみとなった。
 秋山小学校は全校児童数合わせて24人の小さな学校。休み時間や放課後を使い、児童たちは手分けして折っていった。“上級生が下級生に千羽鶴の折り方を教えたり、千羽鶴に込められた意味を教えたりしながら少しずつ折っていく”これが同校独自の平和教育のやり方だそうだ。こうして約3週間かかって目標数の千羽鶴が仕上がった。
 今年は8月9日に折り鶴作りがスタートし、17日に同校を訪れた良久さんに手渡すことができた。“平和を願い心をこめて作成した。もう2度と戦争がおこらないで欲しい”こう手書きのメッセージが添えらえれた千羽鶴。「山里小学校のみんなに届けて」と全校児童から手渡された、良久さんは「被爆者の代表として、みなさんの気持ちを大切にしたい。戦争がなくなることを祈り、この運動をこれからも続けてほしい」と話した。
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徳島県 皆瀬小学校 児童のみなさん
 貞光町端山の皆瀬小学校で、7月上旬ごろから希少種のスズカケソウが紫色の小さな花を咲かせている。児童らは育てた苗を同町内の自生地に植え付け、絶滅の危機に陥っているこの花の保護を今後も行っていく。
 スズカケソウはもともと、今年の春で129年の歴史に幕を閉じた端山小学校の敷地内に自生していた。環境省のレッドデータブックにも登録されていて、全国で自生しているのはここ貞光町を含め2箇所しかなく、絶滅危惧種に指定されている。
 絶滅させまいと、端山小ではこの花の保護と育成に、全校生徒9人で一生懸命取り組んでいたが、児童の減少にともない学校は休校。そこで皆瀬小にスズカケソウ保護の活動が受け継がれることになった。
 3月の活動引き継ぎ式で、合計13株を受け継ぎ、皆瀬小の児童3人と隣の皆瀬幼稚園の園児1人が、定期的に水をやるなどして育ててきた。図鑑や資料と格闘しながら、花をしっかりと見守り続け、当初10センチほどだったスズカケソウが、6月には高さ60センチにまで成長しつぼみも膨らみ始めた。そして7月に入ると、ようやく花を咲かせ可憐な姿を披露するようになった。また、現在は挿し木をするなどして、株の数も約60に増加している。
 約4カ月間に渡り育ててきた児童ら4人は「スズカケソウの花を咲かせる約束が守れてうれしい。これからも大切に育てていきたい」と喜びを隠しきれなかった。
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京都府 四条中学校 北川浩司君ほか
yoki_kou_image01 京都市にある四条中学校で、生徒たちが韓国舞踊と障害者アートを題材にした2枚の壁画を制作した。計64000枚の色紙を1 枚ずつ並べ、モザイク風の貼り絵にした力作。10月4日の文化祭で初披露され、訪れた人から「すばらしい作品だ」との声があがっていた。
 文化祭の展示作品を制作するにあたり、1年生は障害者問題、3年生は外国人問題への取り組みの1つとしてこの壁画作りが行われ、生徒約300人が参加した。主題は生徒達が選び、1年生は女性画家・石井フィアーナさんが海中を描いた絵画を、3年生は舞踏家のベイリファさんと生徒全員の顔を描いた。
 石井フィアーナさんは、16歳の時の事故が原因で全身マヒに。その後、夫の浩一さんと知り合い、結婚・出産を経験した。プロダイバーだった浩一さんの影響もあり、全身マヒの障害者としては初めて、スクーバダイビングに挑戦。海の世界に魅了され、その美しい景色を不自由な手で点画されている女性画家。
 一方、ベイリフさんは在日韓国人二世。自分の故郷の文化や芸術を通じて「人間同士、殺し合ったりいじめあったりしてはいけない」ということを訴え続けている活動家である。
 2人とも学校で講演するなど親密なつながりがあり、文化祭のテーマに合っているとのことで、壁画の題材に決まった。壁画の制作期間は約1週間を要した。原画や写真をコンピューターでデジタル化処理し、縦9メートル、横6メートルの模造紙に色紙を貼り付けようやく完成にこぎつけたという。この取り組みを担当していた松村教諭は「配色や色紙を2.5cm四方に切り、色紙をはりあわせ、最後にパーツごとに合わせるのが大変だった」と振り返る。また3年生は、壁画に「約束」というメッセージも書き込んだ。その理由として、企画委員長の北川浩司君は「約束は韓国でも同じ発音。将来、日韓が仲良くやっていく誓いを込めた」。文化祭以降も人権学習は継続されて行われ、2003年からは障害者とのふれあいを目的とした、講演会が数本予定されているそうだ。
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京都府 神川中学校 儀賀大介君ほか
 身体障害者の参加している野球チームと交流のある、京都市の神川中学校の生徒たちが、“ハンディを苦にしないで、生きる素晴らしさを伝える”劇を創り、10月1日の同校の文化祭で披露した。鑑賞した生徒や保護者のなかには、涙を流して感動する人もいるほどで、予想以上の反響に来年度の文化祭でもこのシリーズの続編が行われる予定だ。
 同校では、約3年前から身体障害者就労施設「京都太陽の家」と交流を始め、昨年の9月には野球部が同施設の軟式野球チーム「京都ビアーフレンズ」と初の練習試合を行った。参加した部員たちは、その試合でビアーフレンズの選手達が、野球のできる喜びを体いっぱいに表現しているのを見て、障害の有無に関係なく、ともに汗を流す楽しさを学んできた。
 創作劇を作るようになったのは、野球部員の儀賀大介君が9 月のビアーフレンズとの交流を作文にし、校内の感動体験発表会で紹介したことがキッカケ。そして今年の劇の主役に儀賀君が立候補したこともあって、「障害者への理解を訴える劇をつくり文化祭で上演しよう」と2年生部員らが中心となり9月から練習をスタートさせた。
 劇では、“ガイジ(害児)”という言葉をあえて使用することで、この言葉の持つ意味やそれがいかに障害のある人々を侮辱するものかを徹底的に訴求。今まで同級生を見下してきた主人公の野球部員と、事故でけがをした主人公に差別的な言葉を投げかけた同級生が、ビアーフレンズの試合を見たことを通して互いに非を認め、頑張って生きることの素晴らしさを学んでいくという物語になっている。
 主役をつとめた儀賀君とクラス担任役を務めた大塩敦子さんは「体のハンディを背負って試合するビアーフレンズの人たちはすごかった。劇を通して『みんな一緒』ということが分かってもらえたら」と感想を述べた。そして2年生担当の油谷教諭は「主人公が勝利至上主義の考えで見下してきた人から疎外され、初めて自分の弱さに気づいたところは、それぞれの生徒たちが自分自身に置き換えて見ている様子だった。みんなが障害者のことに少しでも関心を寄せてもらえれば」と、今後の生徒たちの活動に期待を寄せていた。
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三重県 在良小学校 つくし教室
 三重県桑名市の在良小学校の障害児学級「つくし教室」では、生徒達7名が来年のカレンダー作りに頑張っている。これは、今年4月から始まった作業学習のひとつで、生徒達の障害の程度に応じて参加しているとのこと。カレンダーは昨年のものを応用し、手書きの絵と組み合わせたりしながら150枚ほど作る予定だそうだ。
 ところで「つくし教室」では今年の夏、やはり作業学習で作った“手作りうちわ”と“植木鉢カバー”を販売し、好評を得ている。うちわは使い古しのうちわの骨を再利用し、水彩絵の具で彩色した障子紙を張り付けた。また植木鉢カバーは杉板にバーナーで焦げ目を付け、釘や縄を使って組み立てたものだった。両方で約180点作られた。
 そして、この手作り作品が販売されるきっかけは級友の内山智文君のためだった。「つくし教室」6年生に通う内山君は脳性まひのため車椅子の生活を続けている。その内山君が、来年の中学校への進学に備えて、今年5月から津市でリハビリに励んでいるとか。そのうち山君がある日、担任の平松有吾教諭に「電動車椅子がほしいなぁ〜」と話したのが始まりだった。そこで、内山君の夢を学校全体で後押ししようと、手作り作品の販売が始まったという。最初は校内のバザーで販売したところ、好評を得て7万円ほどの資金が集まったという。そこで校外でも販売してみようということで、夏休みの8月9日、地元がたくさんの露天でにぎわう「三八市」の日に、商店街の和菓子店「大黒屋」さんの店先で販売することが実現した。
 うちわは一つ100円。植木鉢カバーは300円。当日は生徒3名と大人3名が販売にあたった。実際にうちわや植木鉢カバーを購入してくれた人たちは、「とてもキレイ!、そして安いですね」という声や「社会の役に立てるなら」と応援してくれている。そして販売に立ち会った内山君も「ありがとうございました」と書かれた紙を手渡していたという。
 今回のきっかけは級友の夢の後押しだった。しかし、今回の試みが先生や大人達との協力を通して有意義な成果をもたらしたことに、なによりも生徒達自身が確かな達成感を手にしたんだろうと思う。
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yoki_kou_image01 去る8月9日、長崎原爆の日に長崎爆心地公園で、平和を願う平和劇が上演された。演じたのは長崎市立大浦中学校の生徒37名。総合学習で「演劇・平和・人権」コースを選択する1年から3年生の生徒達だ。
 題材となったのは広島原爆の被爆者で語り部の沼田鈴子さんの半生を描いた平和劇「アオギリの木」。この作品に感動した生徒達が「原爆で人生を変えられた被爆者の思いなどを、若い世代が多くの人に伝えたい」と上演劇に選んだという。物語は、原爆で肉親や友人を亡くし、自らも左足を失った主人公が、幹をえぐられても力強く芽を出すアオギリに心を打たれ勇気を取り戻すという内容のもの。
 生徒達は、今年6月から練習に取りかかり夏休みを返上して練習に励んだというキャストはもちろん、音響など舞台の裏方まで生徒が担当し、一つの舞台を作り上げていった。当初は、校内で行われる平和集会だけで披露する予定だったが、生徒自らが「自分たちにできる平和への取り組みを、外にも向かってアピールしたい」と声を掛け、爆心地公園でも上映することに決まった。そして8月9日の当日、校内の平和集会で上演後、午後から原爆落下中心碑の前で多くの人たちに披露し、平和の大切さを訴えた。
 参加した生徒達は「自分たちは被爆者ではないが、被爆者になったつもりでつらさや平和への思いを代弁して伝えていきたい」と、平和への意識をまた新たにしたようだ。また9月には、校内の文化祭において、平和仕立てにアレンジされた「ロミオとジュリエット」も上演された。
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 夏真っ盛りの7月5日、京都府山城町では一風変わった手作りの暑中見舞いが贈られた。それは同町の山城中学校に通う生徒達が丹誠込めて育てたアサガオの鉢と、思い思いの図柄を書き込んだ手作りうちわ。町内の一人暮らしのお年寄り宅を訪れ、アサガオとうちわを手渡した。
 同校では、生徒達自身が体育祭や文化祭に招待する、年賀状や暑中見舞いを送るなど、地域の一人暮らしのお年寄りとの交流を約20年近く続けている。この日も、自主的に参加した114人の生徒達が暑い中、一人ひとりのお年寄り宅を訪ねてまわった。生徒達の「いつまでも元気でいてください」という優しい呼びかけに、「ありがとう」と笑顔で答えるお年寄り。参加した3年生の中村まいさんは「お年寄りが暖かく迎えてくれたのが印象に残り、毎年続けています」と語っていた。彼女のように、1年生、2年生、3年生と学年を積むほどに口コミで参加者が多くなり、また参加する毎に感動も大きくなっていくそうだ。お年寄りとの交流を通して、社会を知りながら何かを学ぼうとする生徒の自主性の学習を、大人達もそして学校も暖かく見守っていてほしいと思う。
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